五胡十六国時代との対比で、思ったことがあって。
五胡十六国の形態は非漢族国家であっても征服王朝ではなく歴史学用語でいうところの「胡族国家」だ。
歴史学用語でいう「征服王朝」遼、西夏、金、モンゴルと元、そして清などとは国家形態がまったく違う
民族の故地においては同化することなく文化を保ち異民族たちのみによる自主支配体制を維持するのが征服王朝国家
で、本題なんだけど
ヤグブベクの乱以降の再編された清王朝「ダイチン帝国グルン」は征服王朝から、パートナーをチベット及びモンゴルその他遊牧民から漢民族に切り替えたことで国家体制が再編された。
これって五胡十六国時代の歴史についての本を読んでいて思ったんだけど、「胡族国家」に近くないか、と。